日本石彫は永代供養・墓じまい・海洋散骨、お墓の新設・リフォーム・修理など、お墓のことなら熊本・福岡・大分・佐賀・長崎・宮崎・鹿児島、九州・山口エリアどこにでもお伺いいたします

株式会社 日本石彫

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本物のお墓へのこだわり

次代に残す大事なお墓だからこそ、日本石彫は耐久性に優れた高品質なお墓をご提案しています

メモリアルモニュメント

私ども日本石彫は創業以来、おかげ様で多くのお客様に支えられ、今では九州でトップクラスの着工実績を誇る石材会社に成長しました。
墓石業界売上高で連続九州地区第1位の実績も残しています。
この間、東日本大震災をはじめ多くの災害や痛ましい事件を経験しました。そして、石材会社としての墓石制作に携わり、多くの人の生と死を見つめてきた中で私たちが思ったのが、人の心の拠り所となるモニュメントの必要性です。現代の不安定で拠り所のない時代において、モニュメントの価値は美術性、工業性において永久であり、不動産にも匹敵するものです。また、施設や企業においてはトータルイメージのPR効果を恒久的にする象徴であり、個人ではその人となりを子孫に付いた得るルーツと成り得る存在です。
そこで当社では、新たにメモリアルモニュメント事業部を創設しました。
同事業部は、長年墓石を作り続けてきた当社独自の技術と知識をもって、お客様の想いを形にした、世界に一つ、真の心を伝えるモニュメントのご提案をさせていただきます。
ご相談・お見積もりは一切無料です。
企画・デザイン制作・施工まで一貫して承ります。

当社施工例

日本の近代化を支えた筑豊炭田があった福岡県田川市の芳ヶ谷石場跡。その地に2013年8月、日本石彫が制作した「田川石炭発見伝承之地」の記念碑が完成しました。石場はかつて石炭が採れた場所で、1586年、豊臣秀吉の九州出兵で落ち延びた武士・村上義信が竈を組んで火をつけたところ、石が燃えたのが始まりとされています。
石碑は義信の子孫の村上直秀さんが「田川の石炭文化の原点」として、私費で建立したものです。

文字だけでなく、写真や絵画もレーザー彫りの技術で、精密かつカラフルな表現が可能です。

様々なモニュメント

今なぜ、モニュメントなのか

天災は忘れた頃にやって来る

碑は災害時の被害拡大を防ぐための知恵を周知する役割も果たします。例えば、岩手県宮古市の姉吉地区では、明治三陸大津波および昭和三陸大津波と二度の津波により壊滅的な被害を受けましたが、この経験より「此処より下に家を建てるな」という教訓の碑が建てられ、以後、住民は石碑の教えを守り2011年の東日本大震災の際には石碑より海側で止まり、村内での人的被害は皆無だったといいます。

地震、津波、台風、大火

大規模な災害の実情を後世に伝え、残すため、教訓として建てられる碑。被害状況に関する情報を記録として後の時代の人々に伝えるだけでなく、防災や減災、被災者救済に尽力した人々を顕彰したり、慰霊碑を兼ねて犠牲者の霊を慰める文言が刻まれることもあります。先人たちが残してくれた碑に刻まれた「災害の記憶」を風化させることなく子孫に伝えていくことが今必要になっていきています。

人の誉れ高き業績を称える。

社会的、文化的に優れた功績を上げた人物を称え、また、その時代を象徴する人物の足跡を称えるために作られるモニュメント。モニュメントは「思い出させる」を意味するラテン語【monere】に由来する通り、その人の普及の業績や金字塔を永久のものとして記憶に残す、目にした人の思い出を鮮明に彩るものです。親愛なる人の生きた証として、また家族の絆として、身近な存在の記念碑です。

様々なモニュメントに対応可能です。
企画・デザイン・設計・制作・施工まで承ります。

地震、津波、大雨による洪水、土砂崩れ、道路の寸断、堤防の決壊、橋の流出、火山の噴火による土砂流などの災害に対する鎮魂の意、復興を祈念して建立するモニュメント。主なものに広島の平和記念碑や長崎の原爆記念碑、阪神淡路大震災の復興を祈念した慰霊碑などがあります。

新しい道路の開通、会社・企業・工場・福祉施設・病院・各種施設・学校・神社・仏閣、保育園・幼稚園・公園などの竣工、周年を記念して建立するモニュメント。会社の創立記念碑や周年記念碑、学校の開校記念碑など、比較的よく目にするモニュメントです。

スポーツ、文学、音楽、医学、科学、美術、芸術など、あらゆる分野において功労者の栄誉を称え、さらなる発展と復興と振興を祈念して建立するモニュメント。
有名なものに、福島県の美空ひばり記念歌碑、神奈川県の石原裕次郎記念碑などがあります。

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